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さすがは学園祭で、ハプニングも一杯起きるのがまた、後になって楽しい思い出になったりもし。迷子騒動に、集合時間になっても集まらぬ仲間を探しての鬼ごっこ、しまった予想外にお客様が来たんで食材が足りないぞといった困ったや。写真撮らせてください、よかったらメアドも教えてください、あらやだそんな…vvという困ったもありで。(苦笑) 極めつけが思わぬ襲撃と来ては……? いやいやそればかりは、尋常な代物とは言えませぬ。いい思い出になるかどうかは、処理次第というもので。
「一体どういう料簡で、こんな際どいことをした。」
誰にも怪我をさせなくとも、何も壊していなくとも、それでも、
「あのお嬢さんにはひどく衝撃を与えたには違いない。」
犯罪に値するほどの仕打ちを、言われなき相手へ処したには違いないと。当人が言ってのけ、
「しかも身分詐称ですものね。そっちは十分な重罪だ。」
制服のネクタイの結び目へ手を掛けて緩め、ふふんと笑った彼は、その手を上げると口元の端を摘まみ、何かしら張り付けていたらしいものを引きはがす。それから帽子を取り去れば、そこへと漆黒の髪も一緒に持ち上がり、手櫛で梳いてみせたのは、微妙に甘い色合いの柔らかそうな癖っ毛で。
「ここの所轄で…まだ起訴こそされてませんが、
それでも逮捕状の出た格好で取っ捕まって、取り調べ中の男がおりましてね。」
私の仲間なんですよね。しかも、刑事さんたちは大きな思い違いをしておいでだから、ここは一番、自力救済するしかないかと…と。先程までのどこか及び腰だった態度が、今や一変して、相手がどれほどの格か。階級のみならず、その実力まで知ったその上で、このような態度を見せている巡査殿であり。いやさ、
「七郎次もいるこの女学園へ、よくもまあ潜入なんて出来たな、良親。」
知らない相手じゃあないながら、さりとて、今現在の肩書や生業として公開されているそれとは畑が違うだろうことへ。しかも、こんな怪しい形で関わる彼だというのへは、彼が大ざっぱな言い方ながらも微妙に腐した警察関係者として、看過出来ないらしい征樹が噛みつくが、
「…………。」
勘兵衛は、と言えば。考え込むような難しい顔こそしているものの、そのまま怒り心頭、一喝を轟かしたいような雰囲気でもなくて。
◇◇
今日も勤務中なはずと知っていればこそ、その勘兵衛が、隙なく着こなしたスーツ姿も精悍に、ひょっこりと顔を出したことへと、
「〜〜〜〜。///////」
こんなフェイントは無しですよぉと、真っ赤になってしまった七郎次を。平八や久蔵がほらしっかりと左右から宥めておれば、
「それでは、私はこれで。」
お知り合いが来られたようですねと、入れ違うようにしてそそくさと出て行きかかった巡査だったものの。そんな彼の肩口を捕まえたのが、勘兵衛と同行していた佐伯刑事であり。そんな流れとなったこと、しかもしかも、佐伯刑事がどこか険しいお顔だったことに、さすがは敏感な、元お侍のお嬢さん方が不審さを嗅ぎ取ったものの、
「…いやなに、所轄を聞いておくだけだ。」
都内で起きた事件が何でもかんでも警視庁預かりとなるわけじゃあないが、知った顔のいるところでの何やら穏便じゃあない存在とあっては、気にならぬ筈もなしと言いたいか。やや神妙なお顔をした勘兵衛だったので、お嬢様たちも納得に至ったらしく。それにしては、佐伯さんの態度が妙に乱暴で。引っ張って連行という勢いがなきにしもあらずだったのが、まだちょっと気になったものの、
「では。話を訊いて来るのでな。」
そのまま、勘兵衛までが貴賓室から出て行ってしまい。取り残された娘さんたちが、立ち尽くしたのはさておいて。そのままでずかずかと構内を歩き回るわけにも行かず、適当なところで庭へと出た三人連れは、だが、人の目がなくなると、ますは巡査さんがさりげなくも佐伯刑事の手を振り払っており。先程からの、何だかいわくのありそうな会話が始まったというわけで。
「派手な頭をしていた男があちこちで見受けられたってんで、
しかも確かにそいつも現場に顔を出してたもんだから、
言い逃れは出来ずで引っ張られたんではありますが。」
「…まてよ、それって。L警備社の現金輸送車の事件だろう。」
何の話かと勘兵衛が視線を向けたのへ、
「ここの近辺のコンビニやスーパーの売上を、
昼のうちに一度回収して回る現金輸送車から、
現金袋が紛失して騒ぎになりかけた事件があったんですが、
現金は無事だったことから表向きの騒ぎは鎮火。ですが、」
「そのおりに同乗していた警備会社の人間4人が、
ほんの2カ月の間に全員依願退職、しかも行方が知れないそうでしてね。」
しかも。所轄が担当としちゃあいるが、どうも取り調べを担当しているのは公安関係の警察庁のお人らしいと来て、一応は妙だなと目串を刺しておりましたがと、征樹がそこで言葉を区切ったのは、
「お前が何かしら、咬んでる案件だったとはな。」
「………。」
そうは思わなんだという…疚しいことなのかというよな含みもありそうな言いようなのへ。こちらはこちらで、特に表情は動かさぬ良親だったが、
「で? その男というのが拘留されていることと、
平八の…あの少女の描いた油絵と、どう関係があるのだ。」
勘兵衛が低められた声にて訊いたところが、
「問題の日が判らなくってですね。」
そんな風に、微妙に曖昧な言いようをし。何のことだと征樹が視線を尖らせたのへ、肩をすくめて言い直す。
「公安が目の色変えて何をか聞き出したがっているのは、
彼らにとっては漏洩がそのまま危機管理体制まで問われるほど、
致命的とも言える重要情報が洩れたから。
しかも、どうやってなのかが判った途端に、
その伝手があっさりと姿をくらましたら、焦りますわなぁ。」
国家機密と言いますか、来月に予定されている大掛かりな国際会議への、要人の滞在先や交通手段などなど警備態勢をまとめた、しかもコンピュータデータに落としていない“肉筆口伝”という究極の機密を記載したファイルを、物理的に盗まれたとあっちゃあねと。慣れたお経のように一気に言い切った彼だったものの、その内容は確かに重要、且つ危険な代物であり。
「それを管理していた人物の周辺にちらちらと姿を見せていた、若しくはスケジュールにかぶって行動していた存在が、やっと炙り出せたその途端、高跳びでもしたか行方が判らなくなり。しかも、裏の世界にその機密が既に漏れてたって話がネ、その筋いわくの高度な次元で公安の主幹部へ至ったもんだから。」
どんな管理をしとったんだというお叱りが降って来て、最下部が焦った末のそいつの逮捕っていう、ややこしい順番なんですよね。
「???」
本来ならば関係などあってはならぬ暗部の主幹部とのつながりから、どんな厳重さで管理していたか知らんが、裏世界では既に漏洩しとるぞとの忠告があった。大恥をかいた格好の連中にしてみりゃあ、落ち度は身内にありと思えたらしく。下へ任せっきりにしていた自分らの落ち度は棚上げして、せめて犯人を明らかにしろとでも言って来たんでしょうね。“上”がそんな風に尻を叩いて来たもんだから、実務担当の下としちゃあ、随分と焦りつつの対処になったその挙句、惜しいかな真犯人じゃあなく、それをマークしていたウチの手の者を引っ張っちまっていて。
「ド派手な外見でクラブや何かへ出入りしていた男でしてね。
そういう相手から警戒されぬようにって、
こっちも派手なカッコしてたんで、目撃者に取り違いをされたらしい。」
「派手?」
「ああ。ウチの子はね、ピンクの頭をしていたもんだから。」
本当は、オレンジ色の頭をしていた誰かさん。危険な機密を盗み出し、しかもそれを保管していたのが、バイト先としていた某コンビニの金庫の中だった。弁当の配達や何やにカモフラージュして、本来のアジトへも出入りしやすい擬態としてさんざん利用し、書類や何やを受け渡ししちゃあ、ガサ入れがあった折などに本部に置いとけないものを持ち出したりってのを担当していたらしくてね。
「一番最後の大仕事ってのが、
現金輸送車に大事な書類を運ばせて、しかも途中で抜き取るって段度りで。」
一体どこで受け渡しをしたのかがネックでね。同じコンビニでバイトしていたウチの子がしょっぴかれたのは、仲良しだったように見えたかららしいけど、それは故意にお近づきになってたからでしょうがない。問題は、現金輸送車をどこで停めさせて、口裏合わせさした同乗者たちに ほれと手渡しをさせたかだ。店員がよく出入りしていたコンビニだってことで目をつけられたとあって引き払うついで、怪しい荷物はその手じゃあ持ち出さずの、そんなやり方で受け取ったらしんだがな。せめてどこでかさえ判れば、
「Nシステムか。」
通行した自動車のデータをカメラで収めた莫大なコンピュータデータを追跡し、特定の車両の移動を解析出来るというシステムが警察にはあるのだが。
「それだけじゃあない。
周辺の車から通行人から何から、全部の動向をしらみつぶしに追跡して、
どうあってもその兄ちゃんを取っ捕まえにゃあ、腹の虫が収まらんのでして。」
その日のその場所にいたのは、ピンクじゃない、オレンジの頭の子だったんだよってのは、俺たちには重々判ってること。とはいえ、一緒にいた訳じゃなし、それを証言してやれない。ただの意地からか、それともやたら急かされてのことか。とんでもなく方向違いなことをやってる所轄さんが、その間違いへ気づくのを待ってる間にも、相手はどんどん遠くへ行ってしまいますんでね。
「どうしたもんかと思いつつ、
愛らしいお嬢さんたちのお顔を見れば気も晴れるかとこちらへ伺ったら何とまあ。」
―― 問題の道筋に、やっぱりオレンジのいた証拠が、
ちょこんと描かれているじゃあないですか。
全くの下心がなかったかと訊かれりゃあ微妙なところ。ここいらも関係方面だよなという想いも抱えての、周辺を監視する防犯カメラでもないものかと、こそりと来訪をしたのが昨日の夜中。だがだが、そういう武骨で野暮なものは、やはり装備なさっておいでではなくて。しょうがないかと帰りかけたその眸へ、あの盛夏の油絵が……。
「………まあ、信じて下さらなくとも構いませんがね。」
絵の情報から位置も割り出せていての、後は日付が判れば…やはりあの当日の模様だったという確証が得られれば 御の字。それも先程拾い聞きしたのでと、既に仲間内への連絡は済んでおり。今頃は、この彼に匹敵する何でもありな腕をした面々が、あの手この手で動いていることだろう。そこから誰がどこへ向かったか。誰と接触を持ったのか、多少は非合法な手も使いまくりで、割り出してしまえる一団であるようで。
「それって…。」
征樹が腑に落ちないのは、先の出会いのときも曖昧に誤魔化された点。この良親の肩書が、警察関係者、もしくは公安関係からの請負人的な組織の者なんだろかという点で。ブライダル関係の大きなチェーン展開をしている会社の御曹司という触れ込みとなっている彼だが、そんな存在がどうしてまた、そんな怪しいことへまで、手を出し介入しているのだろうか。そして、
“……勘兵衛様?”
気のせいではなくの、やはり。勘兵衛もまた、この良親がどこか胡乱な存在なこと、把握なさっているような気配であったりし。
「………。」
何かお考えがあるものか、深くは聞けない征樹が見遣る先、当の壮年警部補はと言えば。怒るでなし、不快そうになるでなし。とはいえ、苦笑を浮かべるようでもなしと。そんな真顔のままでいた勘兵衛が、かつての側近へと告げたのは一言だけ。
「平八にだけは、どこかで殴られておけ。」
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*ややこしさは相変わらずの良親様みたいです。
勘兵衛様もどこまで把握なさっているのやら。

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